妊娠中に突然出血があると、とても不安になりますよね。
私自身、妊娠11週のときに大量出血があり、「切迫流産」と診断されました。
そのときは頭が真っ白になって、
「赤ちゃんは大丈夫なの?」
「流産してしまうの?」
「これからどうなるの?」
と、不安でいっぱいだったのを覚えています。
実際、私は診断を受けた直後、“切迫流産=流産”だと思い込んでしまい、診察室で泣いてしまいました。
帰りの車の中では、何度も「切迫流産」と検索していました。
「大丈夫だった人の話が読みたい」
「これからどうなるのか知りたい」
そんな気持ちだったんだと思います。
切迫流産についての説明はたくさん出てくるものの、リアルな体験談は意外と少なく、
「入院ってどんな感じなんだろう」
「これからどうなるんだろう」
「上の子がいる場合はどう過ごすの?」
など、今後の生活がまったく想像できず、不安が大きくなっていったのを覚えています。
だからこそ、この記事では、私自身の体験をできるだけリアルに残したいと思いました。
もちろん、切迫流産といっても状態や経過には個人差があります。
ただ、今まさに不安な気持ちで検索している方に、
「こんな経験をした人もいるんだ」
「少し先のイメージができた」
と、少しでも安心につながればうれしいです。
切迫流産と診断された日のこと
ちょうど妊娠11週に入った頃でした。
つわりも少しずつ落ち着いてきて、久しぶりに「少し楽になってきたかも」と感じていた時期だったと思います。
その頃、私たちは家族旅行に来ていました。
夫、上の子、そして私の両親も一緒の、1泊2日の旅行でした。
車で2時間半ほどかかる場所でしたが、みんなで食べ歩きをしたり、久しぶりの旅行を楽しんでいました。
そんな中、トイレに行ったときに少量の出血がありました。
その時は、
「少し出血しただけなら大丈夫かな…」
と思い、しばらく様子を見ることにしました。
でも、その30分後くらいに、今度は大量の鮮血が出たんです。
しかも、なかなか出血が止まらない。
一気に不安になりました。
旅行中だったこともあり、かかりつけの産婦人科を受診するのは難しく、近くの産婦人科に電話をして診てもらうことになりました。
病院へ向かう間も、出血は続いていました。
診察では、まずエコーで赤ちゃんの心拍を確認することができました。
その瞬間は本当にホッとしました。
でもその後、内診で「切迫流産」と言われました。
「旅行は中止して、すぐにかかりつけを受診してください」
そう説明を受けたのを覚えています。
でもその時の私は、“切迫流産”という状態をよく理解していませんでした。
そのため、
「流産しかかっている=赤ちゃんは助からない」
と思い込んでしまい、診察室で大号泣してしまいました。
それと同時に、別の感情もありました。
せっかく両親も一緒に来ていて、みんなこの旅行を楽しみにしてくれていたのに、途中で帰らなければいけない。
そのことが、本当に申し訳なく感じてしまったんです。
どうしたらいいのか分からず、頭の中がぐちゃぐちゃでした。
でも家族は、
「旅行はまた来れるから」
「赤ちゃんのことが一番大事だから、すぐ帰ろう」
と言ってくれました。
その言葉に救われながら、かかりつけの産婦人科へ連絡をしました。
すると、
「入院になると思うので、準備をして来てください」
と言われました。
帰りの車の中で、私は改めて「切迫流産」について検索しました。
そこで初めて、
“切迫流産=必ず流産になるわけではない”
ということを知りました。
少しだけ安心した反面、
- 入院はどれくらいになるのか
- 上の子はどうするのか
- 一度も離れたことがないのに大丈夫なのか
- この先どうなるのか
そんな不安が次々と出てきました。
両親も一緒にいたので、できるだけ普段通りに振る舞おうとしていましたが、内心はかなりボロボロだったと思います。
実際の入院生活と治療について
かかりつけの産婦人科に到着したのは、最初の出血を確認してから7時間近く経った頃でした。
その間も出血は止まらず、不安な気持ちのまま診察を受けたのを覚えています。
診察では、赤ちゃんの心拍はしっかり確認できました。
そのことに安心したのも束の間、医師からは、
「絨毛膜下血腫による切迫流産」
と説明を受けました。
また、
「かなり出血量が多い」
「上の子もいて、自宅安静には限界があると思う」
とのことで、そのまま入院して安静に過ごすことになりました。
「入院はどのくらいになりますか?」
と聞いたところ、
「出血が落ち着くまでだけど、2週間くらいが目安かな」
と言われました。
上の子のこともあったので、そのときは、
「そんなに長く…?」
と、正直かなり不安だったのを覚えています。
実際の入院期間は、12日間でした。
入院後はすぐに点滴治療が始まりました。
止血剤の点滴を2時間ほどかけて投与していく形だったのですが、私は点滴の副作用がかなりつらかったです。
特にカルバゾクロムの影響なのか、点滴中は強い気持ち悪さがあり、スマホを見ることすらできませんでした。
看護師さんからは、
「点滴をゆっくり落とすと、副作用が軽くなるかもしれない」
と説明を受け、速度を調整してもらったのですが、私の場合はあまり変わらず…。
点滴中は、ただ横になって耐えるしかない状態でした。
また、出血が落ち着くまでは、
- トイレ
- 洗面
以外はベッド上安静の指示がありました。
シャワーも禁止で、基本的にはずっとベッドの上で過ごしていました。
ただ、お腹の張りは不思議なくらい全くなく、食事制限なども特にありませんでした。
「安静」と聞くと、“寝たきり”のようなイメージを持っていたのですが、座って過ごすのはOKとのことで、そこは少しホッとした記憶があります。
点滴を始めてからは、鮮血だった出血が少しずつ茶褐色に変わっていきました。
出血量も徐々に減っていき、
「このまま止まってくれるかな…」
と、毎回トイレに行くたびにナプキンを確認していました。
「鮮血には戻ってないよね?」
と、色を何度も確認していたのを覚えています。
そのくらい、“また大量出血したらどうしよう”という不安が常にありました。
だからこそ、出血が止まったときは、本当に安心しました。
点滴は5日間で終了し、その後はベッド上安静も解除になりました。
シャワーもOKになり、少しずつ普段に近い生活ができるようになっていきました。
ただ、すぐ退院になるわけではなく、
「もう少し様子を見ましょう」
とのことで、そのまま入院を継続。
結果的に、12日間の入院となりました。
入院生活は、思っていた以上に“時間が長く感じる毎日”でした。
最初はベッド上安静だったこともあり、本当にやることがありませんでした。
今みたいにブログを書いていたわけでもないですし、面会も14時〜16時の間で30分だけ。
1日がとても長く感じました。
また、体を動かしていないからか、疲れず眠りが浅い感じはありましたが、夜は比較的眠れていたと思います。
「赤ちゃん大丈夫かな」
「また出血しないかな」
そんなことを考えながら、毎日を過ごしていました。
上の子がいる中での入院は、想像以上に不安だった
1人目の妊娠中は、ありがたいことに大きなトラブルもなく、経過も順調でした。
そのため、2人目の妊娠で、まさか自分が入院することになるなんて思ってもいませんでした。
しかも今回は、上の子がいる状態での突然の入院。
「自分の体のこと」だけでは済まない大変さがありました。
私が入院したとき、上の子は1歳4ヶ月でした。
まだまだママっ子な時期で、これまで長期間離れて過ごしたことは一度もありませんでした。
だからこそ、
「ママが急にいなくなって大丈夫かな」
「寂しい思いをさせてしまうかな」
という不安や罪悪感がとても大きかったです。
入院中は、私の母が仕事を休んで上の子を見てくれていました。
もともと週に1〜2回は会っていたこともあり、人見知りすることなく過ごせていたようで、むしろ甘やかされてかなり自由に過ごしていたみたいです(笑)
また、夫も毎日仕事終わりに会いに行って、一緒にお風呂に入ったり、できるだけ関わる時間を作ってくれていました。
「ママもパパもいない」
という状況にならないように、家族みんなで支えてくれていたんだなと思います。
とはいえ、最初の頃はやっぱり面会がつらかったです。
面会が終わって帰る時間になると、泣いて離れなかったこともありました。
その姿を見るたびに、
「ごめんね…」
「本当は一緒にいたいのに…」
と、胸が苦しくなっていました。
でも、入院生活に少しずつ慣れていく中で、上の子も変わっていきました。
いつの間にか、笑顔で「バイバイ」とできるようになっていたんです。
その姿を見たときは、安心した反面、
「子どもってちゃんと順応していくんだな」
と感じたのを覚えています。
もちろん、切迫流産の不安はずっとありました。
でも実際には、
- 上の子の生活をどうするか
- 誰に頼るか
- どこまでお願いするか
など、“現実的な問題”を考える時間もとても多かったです。
上の子がいる中での切迫流産・入院は、本当に周りの助けがないと成り立たないなと感じました。
実家が近いかどうか、頼れる人がいるか、子どもの年齢や性格…。
状況によって大変さもかなり変わると思います。
だからこそ、もし今、同じように不安な気持ちを抱えている方がいたら、
「ひとりで抱え込まなくていい」
と伝えたいです。
周りに頼れるところは頼りながら、その時を乗り越えていけますように。
退院後も、すぐに安心できたわけではなかった
12日間の入院を終えて退院するとき、医師からは、
「特別な安静指示はないので、基本的には普段通りの生活で大丈夫ですよ」
と言われました。
ただ、私はすぐに自宅へ戻るのではなく、実家で過ごすことを選びました。
退院直後は、まだ「また出血したらどうしよう…」という不安が強く残っていたからです。
実際、入院中ずっと安静にしていたこともあり、体力はかなり落ちていました。
少し買い物へ行くだけでも疲れやすく、上の子と30分〜1時間ほど外遊びをしただけでも、かなりしんどかったのを覚えています。
そのため、最初は無理をせず、少しずつ体力を戻すように過ごしていました。
ですが、退院して1週間ほど経った頃、再び茶褐色の出血がありました。
不安になって病院へ電話すると、
「茶褐色なら、体内に残っていた出血が時間をかけて出てきている可能性が高いので、様子見で大丈夫」
と言われました。
頭では、
「鮮血ではないから大丈夫なんだ」
と理解していても、やはり出血が続くのは不安でした。
トイレへ行くたびに、
「鮮血になってないよね…?」
「赤ちゃん大丈夫かな…?」
と、何度も確認していました。
まだ胎動も感じない時期だったので、自分では赤ちゃんの無事を確認することができず、それも不安を大きくしていた気がします。
さらに数日後には、生理のような量の出血があり、再度受診することになりました。
診察では赤ちゃんの元気な姿を確認でき、本当に安心したのを覚えています。
ただ、そのときにも入院するかどうかの確認がありました。
でも、
- 受診時には出血が止まっていたこと
- 鮮血ではなかったこと
- 上の子がいること
- 母にもこれ以上仕事を休んでもらうのが難しかったこと
などもあり、自宅安静を選択しました。
その後もしばらくは、少量の茶褐色出血が続いていました。
量自体は多くないと分かっていても、毎日出血を見る生活は思っていた以上にストレスでした。
「安静にしなきゃ」
と思う一方で、上の子のお世話は完全には止められません。
思うように遊んであげられないことに申し訳なさを感じたり、周りに頼り続けることへの負担を感じたり…。
体だけではなく、気持ちの面でもかなりギリギリだった気がします。
その後、再度受診した際に止血剤を処方してもらい、服用を続けたことで、少しずつ出血は落ち着いていきました。
それ以降は大きな再出血もなく、血腫も徐々に小さくなっていきました。
退院時には、
「切迫流産だったことで、切迫早産になる可能性はありますか?」
と医師に確認したことも覚えています。
医師からは、
「可能性がゼロとは言えないけれど、切迫流産がそのまま切迫早産につながるケースは多くないよ」
と説明を受けました。
そして実際、私はその後切迫早産になることもなく、赤ちゃんは順調に成長してくれています。
今は、出産まであと少しというところまで来ることができました。
あのときは先がまったく見えず、不安でいっぱいでしたが、今振り返ると、
「本当にいろんな人に支えてもらって乗り越えた時間だったな」
と感じています。
不安な毎日だったけれど、今振り返って思うこと
切迫流産と診断された当時は、本当に毎日不安でした。
出血するたびに、
「赤ちゃんは大丈夫かな」
「また入院になるのかな」
と怖くなって、検索ばかりしていた時期もありました。
特に私は、上の子がいる中での入院・安静生活だったこともあり、
「周りに迷惑をかけてしまっている」
「上の子に寂しい思いをさせている」
そんな申し訳なさを感じることも多かったです。
先の見えない不安の中で、
「いつになったら安心できるんだろう」
と思いながら過ごしていました。
でも今振り返ると、あの時期は、
“自分ひとりでは絶対に乗り越えられなかった時間”
だったなと思います。
夫や両親、周りのサポートがあったからこそ、私は安静に過ごすことができました。
そして、たくさん不安を感じながらも、赤ちゃんはここまで元気に育ってくれています。
もちろん、切迫流産は人によって症状や経過も違いますし、
「絶対大丈夫」
とは簡単には言えません。
でも少なくとも私は、
- 大量出血
- 入院
- 再出血
- 自宅安静
を経験しながらも、ここまで妊娠を継続することができています。
だから今、もし不安な気持ちでこの記事を読んでいる方がいたら、
「同じように不安だった人もいたんだ」
と、少しでも気持ちが軽くなったらうれしいです。
そして、
「ちゃんと安静にしなきゃ」
「頑張らなきゃ」
と、自分を追い込みすぎず、頼れる人や頼れるものには、ぜひ頼ってくださいね。
切迫流産の期間は、体だけではなく心もかなり疲れる時期でした。
だからこそ、自分を責めすぎず、少しでも安心できる時間を作りながら過ごせますように。
以上、おやこごはん日和のつむぎでした🌿

